東京高等裁判所 昭和46年(行ケ)53号 判決 1972年11月24日
原告
デュコ貿易株式会社
右代表者
川西明
右訴訟代理人
磯部靖
益本安造
小林元
被告
エー・ティー・オー・インコーポレーテッド
右代表者
エル・エー・ハーサン
右訴訟代理人弁理士
浅村成久
海老根駿
和田義寛
右訴訟復代理人弁護士
小池恒明
右訴訟代理人弁理士
三宅正夫
主文
原告の請求は、棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判<略>
第二 請求の原因
原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、実用新案登録第八六五、五三六号「グローブ、ミット等の捕球具」なる考案(昭和四〇年九月二五日出願、昭和四三年八月二一日出願公告、昭和四四年三月五日設定登録)の登録実用新案権者であるところ、昭和四五年五月二五日、被告は、原告を被請求人として、本件登録実用新案の登録無効審判を請求し、昭和四五年審判第四、七四一号事件として審理された結果、昭和四五年一二月一八日「本件登録実用新案の登録は、無効とする。」旨の審決があり、その謄本は、昭和四六年四月二〇日原告に送達された。
二 本件登録実用新案の要旨
拇指差込部と人差指差込部との内側縁周部間に皮革、合成樹脂、合成繊維等のテープ状体で網代編みした網代編物を張設したことを特徴とするグローブ、ミット等の捕球具の構造。
三 本件審決理由の要点
本件登録実用新案の要旨は、前項掲記のとおりと認められるところ、その出願前に刊行された「ローリングス・トレード・ダイジェスト、一九六五年八―九月号」以下「引用刊行物」という。)の第二頁に「XRG3」の略号を付して、拇指差込部と人差指差込部との内側縁周部間にテープ状体で網代編みした網代編物を張設したグローブの写真(以下「引用例」という。)が明示されており、本件登録実用新案は引用例からきわめて容易に実施することができる程度のものと認められ、実用新案法第三条第二項の規定に該当するから、同法第三七条第一項第一号の規定により、これを無効とすべきものである。<後略>
理由
(争いのない事実)
一<略>
(審決を取り消すべき事由の有無)
二原告は、本件審判手続には、その主張の瑕疵があるから、本件審決は違法である旨主張するが、その主張は理由がない。すなわち、本件審判事件において、原告がその主張の記載のある答弁書をその主張年月日に特許庁宛に発送し、そのころ同庁に到達したことは、いずれも当事者間に争いがなく、右答弁書が本件審判事件の記録に編綴されていないことは、特許庁からの取寄せ記録に徴して明らかである。右の事実によれば、他に特段の事情の認められない本件においては、審判官は、原告の右答弁書の記載内容を検討することなく、本件審決をしたものと推認するほかはない。
実用新案法第四一条において準用する特許法第一三四条の規定によれば、審判長は、審判の請求があつたときは、請求書の副本を被請求人に送達し、相当の期間を指定して、答弁書を提出する機会を与えなければならないとされており、右の趣旨は、被請求人に対して請求書の内容を開示して、これに対する意見の陳述や証拠の提出等防禦の機会を与えるとともに、審判に誤りのないことを期することにあるものと解される。したがつて、被請求人に対して審判請求書の副本を送達せず、または答弁書提出の機会を与えずに審決をした場合には、その審判手続は違法というべきところ、本件についてこれをみるに、審判請求書の副本が送達され、答弁書提出の機会が与えられたことは原告の自認するところであるから、その限りにおいて、本件審判手続には、何らの違法もない。しかし、本件審判手続において、審判官は、原告から提出された答弁書を検討することなく、本件審決をしたものと推認せざるをえないこと前説示のとおりであり、その結果、もし、本件審決の結論に影響を及ぼすべき重要な事項についての判断を遺脱したものとすれば、本件審決は実質的には被請求人(原告)の防禦権を否定し、前記規定の趣旨に反することになるから、その点において違法となるものと解すべきところ、右答弁書には、審判請求人が提出した各書証についての証拠価値を否定する趣旨の意見が記載がされていたほかは、他に特段の主張の記載もなかつたことは、原告の主張自体から明らかであるのみならず、本件審判手続においては、審判請求人(被告)が提出した各書証を検討したうえで、前認定のとおりの本件審決をしたものであることが認められるから、原告提出の答弁書を看過した点は、その防禦権に実質的な影響を及ぼすものといい難く、本件審決には、判断遺脱はないものというべく、この点の原告の主張は、結局、理由がない。
三原告は、本件審決にはその主張の点に認定、判断を誤つた違法がある旨主張するが、この主張も理由がないものというほかはない。すなわち、
(一) <書証>によれば、引用刊行物は一九六五年(昭和四〇年)八月三〇日に米国において発行され、遅くとも同年九月三日ころまでに米国内のスポーツ用品業者、スポーツ記者、スポーツ放送者等に対して郵便により配布されたことが認められ、この点に関する証人Wの証言も右認定を覆すに足りず、他に右認定を左右すべき証拠はない。
(二) <書証>を総合すると、引用例のグローブの拇指と人差指差込部間に張設してある部分の構造は、同部分の光沢と陰影および凸凹の有様ならびにBASKET――WEBの文字に照らして、皮革等のテープ状体のものを縦横に網代編みした網代編物であることが明白であり、原告が主張するように一枚の皮革様のものに網代模様を刻印したものとはとうてい認められない。なお、原告は、皮革等のテープ状体による網代編物を写真撮影した場合は、材料の厚みのため必ず編目の隙間が見えるものであると主張するが、網代編物であつても、材料の厚さや硬さの程度および撮影の角度等によつて、必ずしも編目の隙間が見えるとは限らないことは顕著な事実であるから、引用例にそのような隙間が見られないとの一事をもつて右認定を左右するに足りない。
したがつて、本件登録実用新案のグローブの構造は、爾余の点について判断するまでもなく、当業者が引用例からきわめて容易に実施することができる程度のものと認めるのが相当である。
(むすび)
四以上のとおりであるから、その主張の点に手続および判断を誤つた違法があるとして本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条および民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(三宅正雄 武居二郎 友納治夫)